いま、そこで何してるの?

意識ゆるい系。失敗だらけの人生.今この瞬間、楽しんで、生きていきたい。26歳独身。職業フリーター。バックパーカーが好き。旅が好き。

意識ゆるい系が、物申す。

責任とは何なのか、押しつけたり押しつけられたりミスしたくないから?

なぜ人は、責任を押しつけるのか。

自分のやりたいくない事だから?

面倒くさいから?

自分がミスしたくないから?

もちろん、意識ゆるい系の僕だって責任をとるのは嫌だ。「いやだ、いやだ」で終わらせるのか、責任をとってチャレンジするのか。あなたならどっちを取る?

 そもそも責任とは

責任(せきにん、英: responsibility)とは、元々は何かに対して応答すること、応答する状態を意味しており、ある人の行為が本人が自由に選べる状態であり、これから起きるであろうことあるいはすでに起きたこと の原因が行為者にあると考えられる場合に、そのある人は、その行為自体や行為の結果に関して、法的な責任がある、または道徳的な責任がある、とされる。 何かが起きた時、それに対して応答、対処する義務の事。(引用:責任 - Wikipedia)

ウィキペディアで調べると、中々、長い説明が。法的や道徳的な責任があるわけだ。しかも、この後にも、事細かく、責任に関することが書かれていた。

仕事を辞めた理由も”責任”だった

そういえば、僕が仕事を辞めた原因も「責任」だった。

当時、業績はまずまずで、それなりの頑張りを発揮していた(給料以外は不満もなかった)。ある日、新人が、僕の代わりに対応した客と揉め事を起こした。そして、その責任を僕が背負ったのだ。責任と言うか、怒られるという役だ。

責任という虚構

責任という虚構

 

 責任は誰のものなのか。

上司は、客の前でひたすら低姿勢を示し、うまく乗りきってくれた。でも、その間に僕が入ることはなかった。「お前は、喋るな」と言われた。僕に責任があるのなら、その対応をさせてもらいたかった。

責任あるなら、最初から最後まで対応すべきだと思う。その後も問題が起きたときに、反省点が見えてくるのではないだろうか。

それを、さらっていく上司、そして職場に戻ってから、指摘をされる日々。責任って誰のものなのか。軽はずみに使う「責任」を、改めて考えて使ってほしい。

「責任」はだれにあるのか (PHP新書)

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 誰かのせいではなく、「原因を追究すること」

面白い記事があった。

www.baldanders.info

そう、一番大切な事は、原因を追究することであり、誰かを責める事ではないのだ。もちろん、同じ事象が以前にもあったかもしれない、しかし、その事象を共有しない限り、新人はまた問題を起こすかもしれない。その度に、新人に説教するのではなく、「なぜ同じようなことが起きたのか」、「なぜこのようなことがおこったのか」と考えることが大切だとおもう。

 新書ですね。

期間工で働いていた時の上司がすごい

僕は、期間工で3か月働いた。最初の1か月は、ミスも多く「申し訳ないな」って思っていた。どうやったら上達するのか考えた。でもその理由の一つは上司。上司たちは、ミスを怒るのではなく、優しく注意して、丁寧に励ましてくれたり、応援してくれた。そこに、責任の押し付けはなく、むしろ背負ってくれていた。僕は、同じミスはしない(したけど)と心がけることができた。

ミスが減ることで、上司の仕事も減るし、責任をかけさせたくないという気持ちがより高まった。3か月後には、ミスもなくなった僕は、延長を頼まれたし、少し望んだのだけれど、辞めると決心していたので、泣く泣く退職した。 

人手不足の正体―週刊東洋経済eビジネス新書No.77

人手不足の正体―週刊東洋経済eビジネス新書No.77

  • 作者: 週刊東洋経済編集部,鈴木雅幸,中川雅博,木村秀哉,石川正樹,田野真由佳,秦卓弥,又吉龍吾,中原美絵子,許斐健太,梅咲恵司,田邊佳介,中島順一郎,西村豪太,杉山未記,茨木裕,中野法子,筒井幹雄,小林由依
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2014/09/19
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 おわりに

責任は、誰かを責めるのではなく、原因を追究することが大切なんだと言う事。人はミスをするものだし、接客や作業において、精神状態や、得手不得手ももあるはず。それをしっかり分析することが大切であり、誰かに任せず、指揮を取ってもらいつつ、全員で協力することが大切だと思う。

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